WBA判定 日本キラーだった?

ロンドン五輪金メダリストの村田諒太(31、帝拳)がWBA世界ミドル級王座決定戦(20日・有明)で不可解な判定負けしたことが大きな波紋を広げている。4回にダウンを奪い、5回、7回とグロッキー寸前にまで追い込んだ村田が、手数はあったがほとんど有効打を打てずにクリンチなどで逃げまくったアッサン・エンダム(33、フランス)に「1-2」の僅差で判定負けしたのだ。

 海外メディアもこの判定に疑念を呈して、WBAのメンドーサ・ジュニア会長は、自らが採点したこの試合のジャッジペーパーを公開。「公正な採点がされなかったことに怒りと不満がある。私の採点では村田が117-110で勝利した。村田選手と、帝拳、そして日本のボクシングファンにおわびしたい。私はチャンピオンシップ委員会に再戦を要求する」と異例の謝罪、ダイレクトリマッチ(再戦)を認める声明を発表するまでに至った。

 しかし、一度下された判定は、ダウン後のパンチなど明確な反則行為がなければ覆ることはない。

 なぜ、このような不可解な判定が生まれてしまったのか。

 WBAの世界戦のジャッジは3人。1ラウンドごとに優勢な方に10点をつける10ポイント・マスト・システムが採用され、 毎ラウンドごとに、ジャッジペーパーを書き、レフェリーがそれを集めて本部席に提出、それをJBCの役員が、1ラウンドから順に正式なジャッジペーパーに書き写す。ゆえにトータルで、今どちらが勝っているかは、ジャッジのそれぞれの記憶の中にだけ留まっていることになる。この方式が取られているのは、いわゆる“帳尻あわせ”をできないようにするためでもある。

 最終ラウンドも、同じようにジャッジペーパーが回収され、本部席で集計され、スーパーバイザーと立会い人が確認した上で、勝者と最終スコアをメモにして、リングアナウンサーに手渡す。今回、アナウンサーがコールする前に、その最終メモを確認したJBCの関係者も、「勝者・エンダム」の文字を見て、一瞬、「え? 間違いじゃないか」と思ったという。

 WBAのジャッジ問題を調べていくと、不可解判定につながる様々な問題が背景にあることがわかった。

 ひとつ目はジャッジの人選の問題である。ジャッジの3人は、WBAが中立国から選んで指名してくる。遠い国のジャッジを呼ぶと交通費など経費がかさむため、あらかじめプロモーター側からリクエストすることもできるが、基本的には裁量はWBA次第だ。またジャッジ料についても、WBA側が「いくら払いなさい」と事前に通告してくる。これも主催者のプロモーターが直接、その金額をジャッジに支払うことになっている。

 今回、来日したのは、アメリカのラウル・カイズ・シニア、パナマのウスタボ・パディージャ、カナダのヒューバート・アールの3人。シニアは「117-110」で村田、パディージャは「116-111」、アールは「115-112」でエンダムを支持したが、この“とんでも採点”をつけたパディージャは、いわくつきの人物だった。
 過去に日本で何回かジャッジを務めた経験があり、決して日本人を勝たせない“日本人キラー”だったのである。疑惑判定として話題になった2006年のWBA世界ライトフライ級戦の亀田興毅対ファン・ランダエダ戦のジャッジも務め、この試合では、ただ一人だけ亀田だけではなく、初回にダウンを奪い、手数で勝っていたランダエダ勝利の採点をしていた。

 2014年の大晦日には、WBA世界Sフライ級戦の河野公平対ノルベルト・ヒメネスWBA世界Sフェザー級戦の内山高志イスラエル・ペレスの2試合でジャッジを務めたが、三者三様のドロー防衛となった河野戦では、相手のヒメネスを支持。内山戦は9ラウンドTKOで勝負がついたが、そこまでの途中採点は、他の2人のジャッジが内山を大差で支持にしていたのに対して、一人だけドロー採点をつけていた。試合後、内山が「なんでこんな採点になるんだろう」と驚いていたことが記憶に残っている。

 パディージャは海外でもメディアに批判されたジャッジをしている。
 2014年4月のIBF世界ライトヘビー級王者のバーナード・ホプキンス(アメリカ)の世界最年長記録がかかったWBA世界同級スーパー王者のベイブット・シュメノフ(カザフスタン )との統一戦。ホプキンスがダウンを奪うなど“圧勝”した試合で、2人のジャッジは「116-111」とつけたが、パディージャだけが一人「113-114」とシュメノフ勝利をつけ2-1の判定となり問題とされたのだ。WBA側のジャッジとしてWBA王者を支持したのかもしれないが、あるメディアは「孤独な狼」とも表現していた。 手数優先を基準にしているようだが、常に大勢とは逆の“謎のジャッジ”をしているわけだ。
 しかも、村田と戦ったエンダムが、昨年12月に1ラウンドKO勝利でアルフォンソ・ブランコを倒して暫定王者を獲得した試合のレフェリーが、このパディージャだった。

 そして、手数か、クリーンヒットか、採点に関するガイドラインがバラバラで徹底されていなかったことも問題だった。WBAは手数優先の傾向になっていることは確かだが、皮肉にも数年前にランキング委員でもあるパディ-ジャが、WBAの公式HPに採点基準についての基本的スタンスについて投稿していた。

 彼が言う採点の判断材料は、(1)有効打(2)攻撃(手数)(3)防御(4)テクニック(5)スポーツマンシップの5つだという。そして手数重視の判断を自ら貫いているにもかかわらず「プロでもアマチュアでも相手に効果のある攻撃を与えること」と効果打の重要さを説いている。またロープを使うなどの行為は、スポーツマンシップに欠けることになるらしいが、エンダムがロープに腰をかけてダウンを免れた5ラウンドをパディージャはエンダムに10点をつけていた。
 驚くべきことだが、実はWBAなどの国際ジャッジになるための資格試験や実技テストなどはなく、総会に参加して登録料を払って申し込めば、誰でも審査を受けることができる。機構側が、その申し込んだ人物の所属統括団体に問い合わせて、審査して認められれば、それで国際ジャッジになれるのだ。JBCは、レフェリーライセンスの交付には厳格な試験や審査を科しているが、国際ジャッジになるためのワールドスタンダードはないのだ。だから人によって採点基準がバラバラというようなことが起きるし、特にWBAではこの手のトラブルが耐えない。

 またジャッジの高齢化問題も背景にあるという。

 今回の3人の年齢を見ると、パナマのパディージャは59歳、アメリカのカウル・シニアは60歳、カナダのアールは70歳だった。59歳と60歳は経験豊富なベテランと見れるが、70歳はどうだろうか。

 3人のジャッジは、リングに、ほとんど接するくらいの最前列に一段高い特別のジャッジ席が作られていて、そこから試合を見て採点をつける。最も近い場所から試合を見るので、パンチが当たったか、当たっていないかの正確な判断や選手のダメージなどを見ることができる。
 それでも100試合を超える世界戦を裁いた森田健氏は、「場所によって、背中しか見えない場合もあって、当たったかどうか判断できない場合もある」という。

 世界戦クラスになると目にもとまらぬ速さでパンチが交錯する。ほとんどのジャッジがボクシング経験者だが、その動きを確実に視覚に捉えて判断するには、かなりの動体視力が必要とされる。そして、その動体視力は、年齢と共に衰えていくものだが、国際ジャッジに定年制はなく、前述したようにそもそも資格テストもない。年齢に応じての定期的な資格審査などもないため、よほどのことがない限りなかなか引退せず、WBAに限らずどんどん高年齢化しているという。
 ちなみに森田氏は12年前に「もう体力的に裁けない。後身を育成したい」と70歳で引退している。

 世界戦にかかわっているボクシング関係者は、「おかしな判定が出た場合、ビデオを見直して検証を行うのですが、高年齢化にともない、ミスジャッジが増えています」と言う。

 エンダムの勝ちとつけた70歳のカナダ人ジャッジは、カナダ人として初めてニューヨークのアスレチック委員に選ばれ、マジソンスクエアガーデンでロイ・ジョーンズ・ジュニア対ジョー・カルザゲのビッグマッチのレフェリーを務め、地元カナダでのスポーツ殿堂入りまでしている人物。昨年4月には、田口良一とランダエタWBA世界ライトフライ級戦のレフェリーも務めているが、エンダムのパンチがほとんどブロックされていたことや、村田のボディ攻撃がダメージを与える有効打だったことを正確に判断することができていたのだろうか、という疑念さえ抱く。 

 試合後、帝拳ジムの本田会長は「ボクシング界が信頼を失う」とも心配していた。WBAがジャッジの質を高め、公平性を維持する努力をしなければ、確かにボクシングに対する信頼は揺らぐ。不可解判定を“後の祭り”で済まされてしまえば、もし村田が再戦できても、不安は解消されないだろう。